2007/12/16

関宿

関宿は江戸から数えて47番目の宿場町である。ここには唯一歴史的な町並みが東西追分の間1.8キロにわたり残されている。写真は東の追分地点から町並みを見たもの。関宿を越えるといよいよ鈴鹿峠越えとなる。
(写真撮影日:2007年12月15日)

鈴鹿川と鈴鹿連峰

亀山の宿を出てしばらく歩き野村の一里塚を経て、布気を過ぎるあたりから旧東海道は鈴鹿川に沿い関の宿へと続く。このあたりからは鈴鹿の山並みがよく見える。川の水量は少ないが水は澄み、鈴鹿の山に映えて美しい。
(写真撮影日:2007年12月15日)

伊勢亀山城(亀山宿)

亀山宿は東海道53次の江戸から数えて46番目の宿場町となる。 写真は亀山城多門櫓。城内の建物としてはこの多門櫓と石垣、外堀、二の丸から西出丸の北側の土居が残るのみである。また二の丸北埋門と帯曲輪が復元整備されている。城は16世紀中ごろに築かれ、関氏の城下として発展したと案内図にある。
(写真撮影日:2007年12月15日)

石薬師寺(石薬師宿)

 しばらく時間が空いてしまったが、久しぶりに東海道53次の旅に出た。四日市の宿を出て、3時間程歩き、石薬師の宿へ入る。 この宿は亀山の宿までの間が長すぎるという事で設けられたという。写真は石薬師寺。 寺名は本尊石薬師如来をまつることから来ていると言う。本尊の石仏は弘法大師自ら刻んだもので、本堂は戦国の戦火で消失後、1629年に再建されたとある。 (写真撮影日:2007年12月14日)